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当時の国鉄北条線が大正七(1918)年八月に 安房勝山から那古船形まで延長された時に共 用された隧道である。 |
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ポータルはアーチ環以外コンクリート製で奇妙 な形状に整形され、一応笠石が付けられてい る。 |
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非常に興味深いポータルの形状であるが、共用 期間の短さからか、保存状態は良好である。 |
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ウイングは下部がせり出し垂直ではない。 アーチ環は煉瓦4重巻きで半円形、内部の煉瓦 は長手積みである。 |
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東大震災の被害については、富山町史に岩富 隧道の被害は北条線の中で最大であり、隧道 上部の二カ所が崩壊したため、隧道中央部の2 40mが土砂で埋まった。 |
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災害復旧は、大正十二(1923)年十一月、そ の後、西(海)側に現トンネルが完成し、放棄さ れた。 とある。 |
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内部は入口から数mで水深が膝丈を超 すほど水没し、さらに淀んでいてザリガニ が大量発生しており、嫌悪感が・・・・。 |
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